テレビのお片付けの記事の途中ではありますが、私事のご報告を今日は書かせてください。




7月2日木曜日は 義母の77歳のお誕生日 そして私たち夫婦の21回目の結婚記念日でした。


ですが、残念なことに 義母はお誕生日を迎える数時間前に 天国に旅立ってしまいました。



5月ごろだったかなーかなり体調が悪くなった義母に


「もう少しで誕生日やね 元気になってね」と声をかけたら 首を振りながら


「もういいわ。年取りたくないわ。。もうしんどい」って力無く言っていました


本当にしんどかったよね。。


誕生日を待たずに旅立ったのは 義母の意志だったのかな。



通夜と葬儀は 身内だけでのんびりと 静かに お見送りしました。


若いころの義母の写真をみんなで広げ 義母の妹弟や小学生のころからのお友達に 夫や私も知らない義母のことを教えてもらいました。


学生時代 お勤め時代 若いころは活発でリーダー的な存在で勉強もよくできたそうです。

結婚して子供を産んで 自営業のガラス店はいつも賑やかで幸せに暮らしていたけれど


義父が亡くなったころからどんどん身体が不自由になっていきました。



本当にかわいそうに・・・それしか言葉がみつからないぐらい苦労の多い後半の人生。


同年代の友達は 子育ても一段落し自分の時間を楽しんでいるのに 義母は50代から 辛い辛い車いす生活になってしまいました。


身体が 思い通りにならない辛さ 痛かったり しびれたり 暑かったり 寝返りさえもうてなくて 

私たちには到底わからない苦しみを一人で耐えていました。



私が結婚したころには 手先も不自由になっていき 唯一美味しいものを食べることが何よりの楽しみで お正月や 連休がらみ 料理の腕を上げねば!と思いました。


夫だけならそんなに頑張って無いですね ぷぷぷ まちがいなく(笑)


結婚して3回目ぐらいのお正月に 料理の腕を上げたね!って言われたときは 


なんと お母様 上から目線!と嫁姑の微妙な空気がながれたものの(笑)

ようやくガッツポーズでした(笑)


26歳で 子供のおむつも変えたことがなかったときに 介護は正直つらいと思ったりしちゃった私。

義母さんごめんね。。。


だけど いつの間にか こわごわだった介護も上達しました。

ツーカーとまではいかないけれど 

義母に頼られているのがすごくわかるし 思ってることが言葉にしなくてもわかってくる感じ。

こんな風に 家族になっていくのかなと思った。


私を紹介するときに うちの嫁です。って言ってた義母がある日 病院の隣にいた人に 「娘です」って

言ってくれたときは嬉しかったな~



食べることが唯一の楽しみだったのにその楽しみさえも奪ってしまう病と老い。

半年ぐらい前から 固形物が食べられなくなり ドロドロの介護食さえも中止になって高濃度の点滴だけの生活になっていきました



そんな母を不憫に思い 夫は忙しくても 毎日病院に通い、


お医者さまの許可をもらって トロトロの物を ほんの少し食べさせてあげるのが日課になりました。



大好きな カニをあんかけにしたものや お味噌汁のトロトロ汁。中華風のトロトロスープ



蓬莱の豚まんが食べたい!とのリクエストには さすがに豚まんのトロトロは作れませんでしたが(笑)



夫は 最後の日の帰り際に 「もう帰るけど食べたいものある?」と義母に聞いたら

義母は 「アイスが食べたい」って答えて


夫は コンビニに アイスを買いに行き それを美味しそうに 義母は食べてニッコリしたそうです。


あの時 明日にしようといわず 食べさせてあげてよかった。と夫は言っています。



だけどね。。心残りは 

義母が 逝く最後の時に 電話をもらってすぐにかけつけたものの 私たち間に合わなかったの。。。

今 最大の心残りです


葬儀には 母の食べたかった カニやローストチキン 娘ぬか床のぬか漬けをお供えしました。


葬儀屋さんがとても親切で 綺麗に盛り付けてくれて 棺にもそれらを入れて下さいました。


真心は 伝わりますね。見習わなければと思います。


最後の時にいてあげられなかった後悔がすこし和らいだ気持ちになりました。


義母は 半年前にも 危篤状態になったのですが その時 臨死体験のようなことがあって 綺麗な花畑と三途の川を見たと話していました。


その時には 川辺に 車と 船と 飛行機があって 乗ろうとしたら 車はエンジンがかからず 船は穴があいていて水が入ってきて 飛行機に乗ろうとしたら飛行機 は紙で出来ていて乗れなかったそうです。


「それでね!私歩いて帰ってきたんよ! アーしんどかった!!!」



「歩けないのにお母さんすごいねっ!!!」て 娘と義母と三人で大笑い。




今回はきっと 三途の川には 豪華客船があったのかな。。。


そして 美しい 苦しみのない お花畑の世界に行ったんだよね。



耳が聞こえにくくなったので 最後は筆談でした。


その時使っていたボードに 「お疲れ様 有難う!」


と 夫が書いてくれて 棺にいれみんなの気持ちを伝えました。




義母から学んだ21年間。


本当に感謝しかありません。


お母さん有難う。

奇跡的に私のスケジュール空っぽな時に お母さんのお見送りは終わりました。


嬉しそうにテレビをみてくれてた義母 応援してくれてたからかな・・・


空っぽのスケジュール選んでくれた?すごすぎる!



まだ しばらくはわけもなく 涙がでますが。。。

もう明日から日常に戻ります!みんなと見守っててくださいね。


ということで。。。


私事の備忘録でごめんなさい。


次回は テレビの記事!続き書きますね!片づけの向こう側は 愛でいっぱい!


そして 東京トークイベントの告知も致しまーす!!