片づけは、自分に許可を出してあげること
子どもの頃、私はカトリック系の幼稚園に通い、小学校に入ってからは園内にあったガールスカウトに所属していました。
日曜日にはミサがあり、どんなきっかけでもらったのかははっきり覚えていないのですが、うーん誕生日月にもらっていたのかなぁ…
マリア様が描かれた、壁に掛けられる小さな布の飾りを度々もらう機会がありました。
そんな環境だったので、私の身の回りには、いつの間にか様々なロザリオや、イエス様の描かれた小物入れなど、神様にまつわるものが少しずつ増えていきました。
小学生の頃、母から「勉強机を片づけなさい!!」と言われるたびに、
その神様グッズをどうすればいいのか分からず、内心とても困っていたのを覚えています。
「捨ててはいけない大切なもの」のような気がして引き出しに入れていたからです。
ある日、思い切って母に聞いてみました。
「ママ、これどうしたらいいと思う?」
すると母は、
「大事に持っておきなさい」
と言うどころか、
「ええやん、捨てたら」
と、あっさり笑ったのです。
その返事があまりにも予想外で、拍子抜けしてしまって。
私はそのまま、罪悪感もなく、ポイっとゴミ箱に入れました。
母親の言葉というのは、不思議な力を持っていると思うのです。
「こうしなさい」と縛るでもなく、
「こうあるべき」と正解を押しつけるでもなく、
ただ、選ぶ自由をそっと渡してくれる。そんな感じ。
あの時の「ええやん 捨てたら」という一言は、
モノを捨てる許可というより、
私が自分で決めていいんだよ
という、深い安心感だったのだと思います。
そして今、私は片づけレッスンの現場で、迷っている方に
「捨てたらいいやん」
と、よく口にします。すいません。笑
それは、決して軽く扱っているわけでも、乱暴に勧めているわけでもないんですよ。
その一言で、ふっと肩の力が抜けて、心が少しでも軽くなったらいいな、と思っているからお伝えしているんです。
使っていないし、本音をいうと邪魔。
でも、捨てることにどこか罪悪感があって、
「もったいない」「申し訳ない」「バチが当たりそう」
そんな気持ちが心の奥に引っかかって、手放せずにいる。
その気持ち、とてもよく分かります。
だから私は、
「私が言ったから捨てた」
そう思ってもらってもいい、と思っています。
自分で決めるのがつらいとき、
誰かが背中をそっと押すことで、救われることもある。
それは逃げでも、無責任でもなく、
安心して前に進むためのきっかけなんですよね。
あの時、母が笑って
「ええやん、捨てたら」
と言ってくれたように。
選ぶ自由を渡されると、人はこんなにも楽になる。
片づけは、モノを減らすこと以上に、
心の中の重たいものを、そっと下ろしていく作業なのだと、私は思っています。
もしかしたら今、
「捨てたいけれど、捨ててはいけない気がする」
そんなモノを抱えていたら
それは本当に、今のあなたを守ってくれていますか?
それとも、知らないうちに心を重たくしているんじゃないかな?
もし、誰かが隣で笑いながら
「ええやん、捨てたら」
と言ってくれたら、どう感じるでしょう。
その言葉に、少しホッとするなら、
もう十分、手放していいタイミングなのかもしれませんね。
片づけは、正解を出すことではなく、
自分に許可を出してあげること。
今日、ひとつだけでも。
心の重荷を手放しても良いんじゃないかな。
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